読書:失敗の本質

タイトルのキャッチーさと旧日本軍を取り上げるとのことで興味を持って読めるだろうと思い購入した。下記リンクは単行本版だが購入したのは文庫版。

 

なぜ旧日本軍が負けたかではなく、どうしてそのような負け方をしたのかを組織構成にフォーカスを当てて研究した内容。お題としてはノモンハン事件、ミッドウェー作戦、ガダルカナル作戦、インパール作戦、レイテ海戦、沖縄戦の主要作戦6つ。どれも負け戦である。

第一章ではそれぞれの作戦の概要と、戦い以前に負ける要素が組織にあったことを解説。第二章では6つの作戦の共通点の洗い出し。第三章ではその共通点から見えてくる問題点の解説を行っている。

 

第一章の各作戦についてはWikipediaで散々読んでいたので目新しい記述はなかったが、第二章以降は現代の日本人が聞いても耳が痛くなるような的確な問題指摘が行われていた。

第二章で特に印象に残った項目は以下の通り。

 

  • 作戦目的および指示が曖昧
    • 例えばノモンハン事件。現地の関東軍ソ連軍が越境してきた場合は積極的に抗戦するつもりだったが中央は戦禍を拡大させたくないと消極的で方針が一致できていない。また、関東軍が中央の方針を無視して積極抗戦をした時も、明確な指示は出さず関東軍の地位を尊重して命令ではなく「お気持ち表明」を出したので関東軍はこれを無視して抗戦を継続した。これに怒った中央が停戦命令を出してようやく収束した。最初から明確な指示を出していればすぐ終わったという話。
  • 短期決戦思考およびコンティンジェンシープランの欠如
    • 国力で劣る状態で戦争をするので短期決戦を思考するのはしょうがないとして、失敗したとしても失敗の仕方で後の損害の大小は大きく変わることは素人でも想像できる。現場ではコンティンジェンシープランのことを指摘すると「弱腰」と罵られる風潮だったようで、合理性よりも必勝の信念が優先される組織だった。
  • 人情論による組織運営
    • インパール作戦が顕著であり、作戦立案の牟田口中将が無茶な計画を立てたとしても、上位組織が厳正に審査し却下していれば起きなかった悲劇である。しかし、牟田口の上司は「牟田口がやりたがっているのでやらせてやりたい」という人情論で許可を出してしまった。また、辻参謀のように命令違反や命令捏造という軍法会議モノの違反を犯しても処罰されることはなかった(左遷はあった)。このように人と人の関係から非合理的な判断が行われることが頻繁にあったとのこと。
  • 日々の出来事をフィードバックしない(学習しない)
    • 旧日本海軍はワシントンおよびロンドン軍縮会議で主力艦艇の保有数を制限されたことで空母と航空戦力を世界でいち早く育てることになり、その結果太平洋戦争の初戦ではその空母が大活躍することとなった。しかし、旧日本海軍には「大艦巨砲主義」が根付いており、あくまで戦艦を代表する水上艦による艦隊決戦こそが主戦法だと考えられていた。これは日露戦争日本海海戦の大勝利が背景にあり、そこをベースに昭和時代の旧日本海軍が作られていたからである。一方、初戦で旧日本海軍の空母機動部隊の戦果を見て方針転換をしたのが米海軍である。必要だと判断すればすぐに取り入れられる合理性が米軍の強みである。もっとも、合理的な判断をしたところで実現させられる能力(この場合は工業力)があっての話ではあるが。
  • 評価は結果ではなくプロセス
    • 旧日本海軍真珠湾攻撃を許した米軍司令官は、この失敗の責任を問われて軍法会議にかけられたそうだ。一方旧日本軍では作戦の失敗による更迭や降格などの処分は無いことは無いがたまにしか目にしない(ただし不祥事による処分は厳格にやっている)。それどころか、インパール作戦を失敗した牟田口が陸軍予科士官学校の校長に就任することとなり物議を醸したそうだ。これは旧日本軍では戦時中であっても定期人事を行っており、これらは実情として作戦の結果などは反映されていなかったようだ。

どれも身に覚えがあるのではないだろうか。

 

第三章ではこれらの問題点の原因を深掘りしている。その中で特に感心した項目が以下の通り。

  • WW1を経験しなかったことで日露戦争の経験で太平洋戦争に突入した
    • 米国はWW1を経験したことで最新の戦術や兵器を習得することができたが、日本はWW1に参加しなかったため戦争に対する価値観が日露戦争で止まってしまった。そのため戦術は日露戦争の戦訓が元となり、陸軍であれば旅順を落とした白兵銃剣主義、海軍は日本海海戦で大勝利した大艦巨砲主義のまま太平洋戦争に突入し、また武器や兵器の開発も遅れることになった(国力の問題もあるが)。
  • 旧日本軍は環境に適応しすぎて失敗した
    • 旧日本軍は適応能力が高く、上記の白兵銃剣主義と大艦巨砲主義に適応しすぎてしまった。そのためこれらの主義を目指すための訓練や研究に集中しすぎて身動きが取れなくなってしまった。適応しすぎて(過適応)困ってしまう、つまり適応障害である。日本人は適応障害が多いと聞くが、昔から変わっていないのだと気付かされた。ちなみにこの適応しすぎというのは、日本が1→10が得意なのと関係していると思っている。ネタとして語られる「製品とはドイツが発明してアメリカが製品化して~日本が小型化と高性能化に成功して~」の一文があるが、既存のものを改良するのが得意なのだろう。そして0→1のイノベーションは苦手だと。「日本からジョブズ生まれないのはなぜか」という記事を見たことがあるが、まさにこのことだろう。
  • 暗記と記憶力が重視される教育システム
    • 旧日本軍では士官学校や大学校の成績で昇進が決まっていた。そしてそれらの学校では暗記や記憶力が問われていたため、結果として軍上層部もそういう能力が高いもので占められていた。平時の官僚組織としての軍であればそれでもいいが、戦争ともなると不確実性の高い問題への対処能力が問われるので実は学校では問われない能力が必要となるのである。(しかし、兵学校のカリキュラムなんて戦後の安定期に策定されるだろうし、どうしても実践的じゃなくなってしまうのは理解できる。)
  • 自己否定的学習ができない
    • 陸軍はガダルカナル島で現代兵器相手に銃剣突撃では勝てないと知り、海軍は初戦で空母機動戦力の力を示した。どちらも既存の価値観を捨てるチャンスはあったが結局捨て去ることが出来なかった。これは既存の価値観を捨てることが出来ずアップデート出来ていない状態である。一方、太平洋の島々で上陸作戦を実施していた米海兵隊は大量の死傷者を出しつつも、作戦ごとにアップデートを行うことで戦傷者を減らすことに成功している。ちなみに、個人的には日本人は過去を捨てる(自己否定的学習)が苦手なんじゃないかと思っている。日本が大きく成長したのは明治維新と戦後、どちらも強制的に過去を捨てざるを得ない状況となった時に成長していると感じた。成長する能力はあるが捨てるのが下手といった感じか。
  • 異端の排斥
    • 軍が官僚的な組織となっていたため、異端の意見が聞き入れられることはなかった。士官同士の議論の中から偶然新しい発想が生まれることもあるだろうが、ボトムアップ的な問題提起を行える風潮ではなかったようだ。当然、このように異端を排斥していてはイノベーションが起こるはずもなく、旧態依然とした組織が継続するだけだった。
  • 戦後日本が急成長出来た要因
    • よく旧日本軍を評価する時に「将校は無能だが下士官は優秀」と言われるが、戦後日本が急成長出来たのは財閥解体公職追放などで上の人間(将校に相当)が居なくなり中間層が活躍したことによるのではと指摘がされており納得してしまった。現代でも東大卒のエリート官僚が集まってよくこんなクソみたいな政策を出せるなということがあるが、同じことなのだろう。

 

長々と書いたが今の日本および日本人にも通じる問題だと感じたが、生まれ持った民族の特性なのか、教育の賜物なのか、これを修正するのは大変だとも感じた。だからこそこれを指摘している本書は有用なのだと思う。ちなみに、巻末にある「文庫版あとがき」が5ページで本書をまとめ切っており非常に秀逸であるのでぜひ文庫版を買って読んでみて欲しい。